« マイアミ旅行記書いてみます! | トップページ | マイアミ土産・自分編(1) »

2009年1月 6日 (火)

オシム氏帰国

4日ついにオシム前日本代表監督が祖国へ帰国しました。今回の帰国では一応すべての日本との繋がりが切れて、再来日の予定はないとのことです。

一昨日だなんて知らなかったけど、知っていたら私もお見送りに行きたかったな・・。気持ち的にはだけど。。ジェフのサポーター中心に集まった300人もの見送りを受けて、あのオシムさんが涙ぐんだような場面もあったとか。。

特にW杯出場を決めた後3ヵ月の的確な情報提供が大事だとプレスへの要望を語るなど、ファン、選手、マスコミに向けて最後まで全力でメッセージを伝えられたとのこと。オシムさんはやっぱり最後までオシムさんらしいですねー。

一方でその途中、貧血で診察を受ける場面もあったそうで、倒れられた原因である脳血栓は完治されていると伝えられるものの、全般的な体調の回復がまだ現場復帰を妨げている事情を強く感じさせられました。

何と言っても残念な結果ですが、日本のマスコミ業界はこれからもきっと折りに触れてオシムさんとコンタクトを取るだろうし、もし繋がりさえ細々とでも続くならば、またいつか何らかの機会も・・・と個人的にはしつこく期待を残しています〜。とにかくオシム監督、楽しいサッカーの時間をありがとうございました。。

■日本へ別れ“オシム” 貧血でヒヤリも語録残し帰国[1月5日8時2分配信 スポーツ報知]


日本代表イビチャ・オシム前監督(67)が4日、成田空港から自宅のあるオーストリア・グラーツに帰国した。空港には別れを惜しむ約300人のサポーターに加え、日本代表DF阿部勇樹(浦和)、湘南・反町康治監督らも見送りに駆けつけた。出発直前、貧血で座り込むアクシデントがあったが、約30分で回復。愛情あふれるラストメッセージを残し、日本を去った。
 03年に市原(現千葉)の監督に就任して以来、約5年間、日本サッカー界のために尽力したオシム前監督が、日本を去る日がついに来てしまった。「やり遂げたことも、やり残したこともたくさんあります」07年11月、脳梗塞(こうそく)で倒れ、代表監督を退任した名将は静かに話した。  出発1時間前、サポーターと最後の記念撮影をしていた時、オシム前監督は急に座り込んでしまった。見送りに来ていた主治医がその場で診察。日本協会関係者によると「軽い貧血状態」。オシム前監督は「大丈夫ですよ」と笑顔で手を振り、搭乗ゲートに消えた。  「私が病気となったのは日本のせいと思っている人がいるかもしれませんが、それは違います。すべて私の責任です。倒れることを恐れ、中途半端なことをするようではろくな仕事をできません」この日の“オシム語録”にうそはなかった。自らの体を案じるより、できる限り多くのサポーターと握手をし、報道陣の取材に丁寧に応じた。オシム前監督は、最後まで誠実だった。(後略、引用終わり)

|

« マイアミ旅行記書いてみます! | トップページ | マイアミ土産・自分編(1) »

コメント

こんばんは!
こういう人にずっといて欲しかったですねー。
そして日本を世界標準にあげる手助けをして欲しかったです。
年齢に加え、健康問題もありますから仕方ないですけど。
とにかく今は感謝です。
長生きして日本の強くなる様を見ていてもらいたいと思います。

投稿: JOO | 2009年1月 6日 (火) 19時05分

JOOさん、本当にオシムさんは世界標準からみた日本の実力と可能性、世界標準までの行程をイメージしながら訓練できる初めての日本代表監督だと思っただけに、ご病気による帰国という結末は本当に残念でした。。
でもマスコミ取材や個人的人脈を通してご意見番みたいにアドバイスを言ってもらったり温かく見守ったりしていただきながら、日本サッカーの成長を見ていてもらいたいです。
JOOさんの言われるように強くなっていく様子を長生きして見届けてもらえたら最高ですね!あのクラマーさんのように・・・。

投稿: tomorin | 2009年1月 8日 (木) 08時36分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/152297/43654554

この記事へのトラックバック一覧です: オシム氏帰国:

« マイアミ旅行記書いてみます! | トップページ | マイアミ土産・自分編(1) »