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2007年1月23日 (火)

■グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)

書名「ザ・グレート・ギャツビー[村上春樹翻訳ライブラリー]」(著:スコット・フィッツジェラルド、訳:村上春樹)

グレート・ギャツビー

※いままで読んだ本は「このごろ読んだ本」リストに書いていたのですが、そしてそれは写真を載せやすいから・・・だったのですが、昨日ココログエラーなのかこの本をリストにアップした時カバー写真がどうやっても載せられなくて諦めた、のをきっかけにして、これからはこちらに書いていくことにしました。というわけで以下もリストに一度載せた文のコピペを元に書き足したものなのですが、先に読んでくださった方は、そんな訳ですのですみません。

最近この廉価版が出て書店に平積みされているのを見て、やっと読んでみようかなと購入しました。以前から別の訳本を数行読んでは、何度も挫折していたけれど、この本は冒頭からある意味そのまま現代の物語だなあ、という感じがしてすぐに物語世界に入っていけて。

・・そんな風に思っていたら、訳者後記によると、それこそが翻訳の目指したところだったとか。ストーリー全体はメロドラマチックなところがあるうえに、ギャツビーの裏の仕事への食い込みがさらっとしか描写されていない点が弱みになって物語を背後で支えるリアリティが希薄になり、読後感を軽いものにしてしまっていると思うんだけど、その時々の登場人物の内面の動きの描写にはさすがに深みが感じられました。

デイジーの、純粋だけど甘やかされて育って無責任で決断力がないために、結局悲劇を引き起こしてしまい、それなのに自分は罪を頬かむりして自分たちの生活を守ってしまうところとか。主人公キャラウェイの、ギャツビーへの揺れ動く気持ち(信頼に値する人間かどうか見定めようとして)と、中西部風の生真面目さを失わない視点とか。恵まれて育った、金持ちのスポーツマンで自己中心的なデイジーの夫・トムブキャナンとか。登場人物は多くない分、それぞれ複雑に長所と短所、両面のある、現実味をもった人物に描かれている。それが力強いリアリズム調ではなくて、都会的な風俗描写の中でさらりと描かれているのが、すごく現代的な感じを受けます。

でも多分フィッツジェラルドが一時流行おくれの流行作家として消えてしまった後、爆発的な再評価がされたというのは、きっと、冒頭や巻末に見られる主人公のモノローグのような、味わい深くて華麗な文章が最大のポイントだったんだろうなと。英文の原作はまったく読んでいないながら、この翻訳をみて、思わされました。

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