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2006年9月10日 (日)

阿部元教授の訃報

中世ヨーロッパの社会史では有名な阿部謹也さんがお亡くなりになったというニュースが出ていました。

訃報 阿部謹也さん71歳=一橋大元学長

この阿部謹也さんや日本中世史の網野善彦さんは、政治中心の歴史ではなく当時の生活や社会への調査研究から中世史への新しい視点を提供してくださった方々で、高校の時に彼らの著作を読んで夢中になったことを覚えています。

デビュー作でもある「ハーメルンの笛吹き男」(ちくま文庫)や網野教授、石井進教授、樺山紘一教授との対談「中世の風景」(上下2巻・中公新書)、「中世を旅する人びと」「ヨーロッパを読む」、(石風社)、確か司馬遼太郎さんと対談された本もあったような気がするけど(網野教授だったかもしれない・・・)。どれも従来の政治や経済からみた歴史ではなく、個人の生活に密着した題材を追っていくことで、現在からはまったく見えなくなっていた当時の社会変動などを炙り出して、中世が古代から現代につながる庶民の生活の中でも大きな変革期だったということを教えてくれています。

ハーメルンの笛吹き男―伝説とその世界

「ハーメルンの笛吹き男」の話はグリム童話ですが、覚えてますか?
ハーメルンの街にねずみが大発生したとき、どこからともなく現れた笛吹き男が、ねずみを退治するからお金を支払えと街の人々と契約し、笛の音でねずみを誘導して川で溺れさせてねずみ退治に成功する。ところがその後街の人々は支払いが惜しくなりお金を払わずに男を追い出すと、男はこんどは笛の音で街中の子供を夢遊病のように連れ出して、どこかへといなくなってしまった、という内容でした。

阿部教授はドイツ留学中に、ハーメルンの街で1284年6月26日に、街の子供たち130人が笛吹き男に連れられて行方不明になったという記録を発見し、興味をもってさらに調べているうちに、当時の市街戦が続く不穏な社会状況や、繰り返すペスト大発生などの被害、放浪芸人たちと社会との関わり、また閉塞的社会状況から散発した「こども十字軍」などのストレス発散的行動があったこと、さらには当時ドイツの「東方拡大政策」により、現在のポーランドにあたる地方の開拓が行われていて、人さらいのようにして若者を開拓民として連れて行ったこと、などの社会状況を調べ上げ、伝説から歴史的事実を読み取ろうとしています。

生真面目に記録をたどって事実と伝承、分ることと分らないことを突き詰めているのですが、それでもいまの「ダ・ヴィンチ・コード」などのようなミステリー小説以上にエキサイティングな、事実の探求の面白さを感じられる内容でした。以来教授の著作にはずいぶん夢中になりました。

ヨーロッパでは先にアナール派など、社会生活の研究を通して歴史を再解釈する流れが起きていたようですが、日本の社会学・歴史学にこの新しい流れを定着させたのがこの方達だったと思います。そういう意味で阿部さんは網野さん達とともに、日本の歴史・社会学界の革新者的存在、というイメージを持っていました。(この学問の世界からは遠ざかって10年以上、なのでいまの流れは全然わからないのですが。。すみません)それがもう70歳を超えられていたとは・・・。私は一度も教えを受けたことのない、著書のいちファンに過ぎないのですが、世界の隠された姿を知ることの面白さを色々と教えて戴いて、訃報にしみじみしたものを感じました。

ほんとうに久しぶりに、昔好きだった教授の本や中世社会史の世界、もういちど読み直してみたいなぁと思いました。

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